ある日、森の中、喉が痛い時にウイスキーを飲んでいるアホに出会った。

日記

喉が痛い。
発熱がないのだが、喉の違和感は先日の夜からあった。

私は風邪をひくときは喉からくるタイプだ。コロナに感染したときも喉をやられたのち、発熱した。だから最初の対応がその後の生死を分けるのだ。先日は、喉を大変にいたわって就寝した。

具体的にはのど飴をなめ、柄にもなく白湯を飲み、暑いというのに布団を腹部あたりまでかけて寝た。最近の私にとっては掛布団は邪魔者以外の何物でもなかった。
そう、布団をかぶりその暑さに苦しむか、風邪をひく覚悟の上で布団を取っ払い窓全開にして寝るかという究極の2択を迫られ、迷うそぶりも見せず後者を選び就寝していたのである。それでは風邪をひいてもやむなしと言わざるを得ない。

アホという言葉があるとすれば、私のためにあるのでろう。「あ」あきれるくらいに、「ほ」本能のまま。そう、たばこと酒を欲望のままに愛し、愛されていたかはわからないが、堕落していた私にとってその言葉ほどふさわしい言葉はあるまい。

さて、そんな私は昔、喉が痛い時はアルコール消毒していた。もちろんウイスキーで、だ。
当然、症状が改善するわけがないのだが、若さゆえの治癒力であろうか、しばらくするとそれでも完治していた。そしてそれがまた状況をややこしくした。

伸び悩んだ売上を伸ばすために施策をいくつか考えそれを実行したとする。その後売上がV字回復した。それについて考え、報告するときに自身のこれがうまく言っていたらいいな、が恐ろしいくらいに報告書に浮き出る。
それどころか、売上が上がったのはすこし歩いた先のお店がつぶれたからだったりするのに、自分たちの施策がうまくいったと認識してしまうケースすらある。つまり、施策がすべて失敗しているのにも関わらず、成功してしまう例だ。

どうしてうまくいったのか、どうして失敗したのかを考える。これはとっても難しい。なぜなら、それを判断をするのに必要な情報がすべてそろっていないと正しい判断はできないからだ。
どうしてうまくいったのかを考える時ですら、近くのお店がつぶれたことを知らないと、どうして売り上げが上がったのかという正しい答えを導くことができない。
むしろ多くの場合において、私達の始めたサービスが良かったからだといって、八百屋で魚を売り始めたり、魚屋で野菜を売り始めたり、肉屋で魚を売り始めたりとよくわからないことに力を注ぐ。私達の1日は24時間しかないのに、だ。

こういったリアルな事例をたくさんの人が経験していると思うのだが、それに対する有効な手立てはびっくりするくらいない。
私達の体が、有害物質を体の外に出そうとするのと同じように、道を阻む意志は無残に捨てられるか、無視される。そんな道であっても強引に推し進める人は素晴らしい。でも私はそんな人間ではない。行ってみてダメなら即時撤退だ。戦場では勇気のあるやつから死んでいくのだ。

もちろん、皆の意見を聞いていたら先へは進めない。ずっと立ち止まって動けないまま死を待つばかりだ。だからこそとりあえずはやってみる、というのもまた正しい。
ただ、大きな組織でこれをやられると末端社員はとってもつらいから、ある程度試験してから周知してほしいと思うのは現場の常だと思うのだけどね。ああ、そんなちんたらやっている暇はないって?ソウデスネワカリマシタ。

つまり何が言いたいかというとだな。

喉が痛い時に度数の高いお酒を飲んでも、消毒どころか喉を荒らすだけだよ!っていうこと。
えっ、常識なの?

禁酒生活52日目。

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