資格の勉強ばっかりやっていても、出世はできない。そんな記事をみた。確かにその通りだなと思ったのだが…。
出世したいなら、出世するかしないかは上司が決めるのだから、その時間を上司の機嫌取りに使えばいいのかもしれない。
機嫌取り、といえば聞こえが悪いが、人事評価なんてそんなものなので、『出世』がしたいのなら、そうすればいいと思う。
だが、労働時間内の指針であって、その機嫌取りが業務外まで及ぶようになれば、それはちょっとなと思ってしまう。
それに労働時間内はそうした方がいいよ、ということであっても、なんだか心が汚れていきそうなので、私には合わないなと思った。考えの合わない人とは、やはり距離をおきたい。
結局、『会社』がメインの考え方なんだよね。『自分』を主体として考えたいのに。
もちろん、自分に行き過ぎた考え方もどうかと思うが…。
ただ、今は会社に寄り過ぎた考え方は批判されがちな世の中になりつつあって、平社員は定時上がりが当たり前になった。
でも全体の仕事内容に変わりはなく、その負担が中間管理職に移っただけだと思っているので、その負担を背負わされるような出世はベストな選択ではないと思う。
また、シンプルに生きれば、お金への執着なんてほとんどなくなる。お金への執着が消えると、出世欲というのは驚くほど、消えてしまう。
出世したいと思うこともまた欲だ。お金がもっとほしいと思うのも、ビールを飲みたいと思うのもまた欲である以上、本質は大差ない。
また、欲には限りがない。個人の幸せを追求するのは悪いことではないが、互いの利益が一致することもあれば、反することもあるわけで、欲を追いかけ続ける限り、何かしらと争わなければならない。
その点、勉強はいい。欲をどれだけ持ったとしても、誰かの利益に反することはない。それどころか、この先誰かに利益を供することすらあるかもしれない。だれにも迷惑をかけない、そんな欲だ。
資格試験の勉強も同様だ。それだけに熱中してしまうのはいけないと思うが、そんなのはどんなことにもいえる。
一方で出世はどうか。出世は、競争しなければならない。しかも、すればするほど、周囲の嫉妬を受ける。孤独になる。時間も無くなる。あげく、その評価は上司の好みで大きく左右されるという。
これでは、出世したいと思う方が難しいと思う。
そんな状態であっても出世したいと思う人がいるのは、まさにお金への執着なんじゃないかなと思う。生活に必要な最低限のお金は、そんなに多くはないはず。だから、それでもお金が足りないと思うのなら、欲が強いからなんだろうなと思う。
とはいっても、そう簡単に消すことができないのが欲なので、困った話だ。まぁ、会社で出世を望む人が減れば、そのぶん中間管理職の給与も上げざるを得なくなるだろうし、そこらへんは需要と供給の話になってくるんだろうね。
あとから、あのときなっていたら…なんて話になっているかもしれないけども苦笑
結局、投資と同じなのかもしれない。自分のリソースをどう配分していくか、のところなんだろうね。
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