子供たちはYouTubeが大好きだ。暇さえあればYouTubeを見たいと言う。1日1時間まで、などと決めてはいるが、それにしても良く飽きないなと思う。
見たい動画は定期的にかわるようだが、私からするとどれも大差なく、何度も同じ動画を見ていることもあるので、それ楽しいの?と聞いてしまうことすらある。
しかし、そんな私も浴びるくらいに酒を飲んでいたので、それそんなに美味しいの?なんて聞かれることが良くあった。端から見ているとこんな感じだったのかなと思う。
YouTubeを見ているときの集中力もすごい。いつもあれだけ騒ぎ、喚き、跳び跳ねる人たちが、それを見ているときは本当に静かだ。一言一句見逃すまいと執念を感じるくらいにすごい。もう、話しかけないでオーラ全開だ。
その集中力を違うことに使った方がいいのではないか?と思うが、改めてYouTubeのドパミン放出力には驚くばかりだ。たぶん、あれは集中していると言うよりは、次から次へとドパミンがでるから目が離せなくなるといった方がいいのかもしれない。
そこまで思うなら、親としては遠ざけた方がいいのでは?とも思うのだが、児童社会においてYouTubeはもはや必須らしい。昭和のテレビの昨日のあれ見た?と同じような感じがあるようだ。
そんな会話についていけなくなるのもまたかわいそうなので時間を決めて見させていたのだが、最近そのせいで勉強が手付かずになっていることを知った。どうやらYouTubeの一時間までとやらも微妙らしい。
まぁ勉強はしたくなったらすればいいと思っているのでそんなに強要はする気はないのだけども。宿題をやらないのはなんだかなとおもう。
勉強でもドパミンはでるんだけど、やっていて思うのが速効性がないと言うか、YouTubeのようにすぐに出てくるというのがないような気がする。それに、なんで勉強しないといけないかを理解するのは割りと難しい。たぶん、なんとなくしないといけないのはわかるけど、しなくても生きては行けるし、他にやりたいことがたくさんあるから優先順位が低いというような感じだろうか。
YouTubeがいまの自分の欲を満たすためのものなら、勉強は未来の自分の欲を満たすためのものだ。勉強も欲なんだ。勉強は、誰もが最初に覚える、唯一のローリスクハイリターンな投資なのだから。
大人になったら揃いに揃って誰もが口にする。もっと勉強しておけば良かったと。なんでだろうね。今すぐにでもやれば良いのに。いまからやれば、十年後の自分は変わっているかもしれないのに。
禁酒生活79日目。
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