20代最後のお酒生活。

日記

中途採用での入社、前社と同じ業種であったため、ある程度仕事の内容は似かよっている部分があった。
それでも、会社がちがうと色々と異なる部分もあり、そこは少し苦労した。

だが、お酒と距離をおいたのもそうだが、環境が一新したこともあり、身体は軽かった。
結局、しばらくして酒の量は増えていくのだが。

ストレス解消のために飲む。
ストレスがなければ嗜好品として飲む。
結局飲んだし、タバコも増えた。

酒とタバコがないと人生は楽しくいきられない。
こんなことを本気で思っていた。
アホだと思う。

いまでこそ、飲みニケーションなんて言葉は死語になりつつあるが、当時はまだそんな人種はちらほらいた。
飲み会で出世した人と呼ばれているような人も、普通にいた。

お酒が飲めることは、当時の感覚で言えばプラスに働いていた、と思う。
飲みニケーションを肯定するつもりはもうまったくないのだが、偉い人と話をするためにはそういう場も必要だった。


いまはインターネットを少し調べれば飲み会にわざわざいかなくても学べてしまう、というより当時からたぶんそうだったが、まだそんな飲み会を肯定する人は大勢いた。

飲み会への意識がかわったのはコロナ感染症が猛威をふるい、不要不急な外出を控えろと言われるようになったあたりからだろう。

そして、新しい仕事も3年くらいすると慣れてくるもので。
最初は色々苦労することもあったが、少しは成長したのだろうか。

お酒の失敗もあった。
だが、昔の失敗と比べれば、マシなほうだった。まぁ、一般的な酒癖の悪い人には充分該当したが。
そして、その分を仕事で挽回しようと躍起になっていた。

このころは自分の過去の無駄をひどく後悔、否定するようになっていた。
だから必要以上に今で挽回しようとしていたように見える。

見える、というのは、あとになってこうやって見返してみると、私の行動には一貫性がない。いまもそうかもしれないが…。

お酒で失敗したから仕事で頑張るというが、お酒を辞めるか、せめて減らすべきだった。

普通に考えたらそうなのだが、どうしても、酒をやめるという選択を考えることができなかった。
もはや、生活の一部として一体化してしまっていた。
繰り返すが、酒とタバコがないと人生は楽しくいきられないと本気で考えていたのだ。

こうして、朝仕事に行き、夜帰ってきて晩酌、就寝というある意味普通のサラリーマン生活を続けることとなる。

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