仕事を辞めたいけど辞められない人の悩み。

仕事と愚痴

月曜日。また一週間が始まるのかと憂鬱になる曜日だ。人生がうまくいっていようがいまいが、月曜日は仕事をしている限りずっと憂鬱だと思う。

仕事。楽しいと感じていたこともあったが、心から楽しめていたのかといえば疑問しかない。楽しいと思った方が楽だから、楽しいところだけみて、楽しいと錯覚させていたとでも言うべきか。

多くの仕事はルーチンワークだ。おおくの仕事は自分では決められない。役職が上がれば、色々なことを決められるようになり、楽しくなってくると思いがちだが、そんなことはないと思う。

ひとつのことを決めるために、おおくの人の賛同を得る必要があり、社内政治だなんだと、きっと私の想像もつかないような苦労を上の人たちはしているのだろう。

結局、人は一人ではなにもできない。協力しないといけないのだけど、人数が多くなるにつれて、人々をまとめるために労力を割かないといけなくなってしまう。

結果、一人だったら秒で決められることをわざわざ会議やらを開いて、決議をとって決めなければならない。

すべてを会議で決めるとなれば、とんでもなく時間がかかってしまうので、下手に意見なんて出さずに脳死したまま話だけ聞いて、賛同していた方が楽だと思うようになる。

そして、会議は儀式となり、無意味な会議が量産されていく。

つまり、役職がなんであろうと、人の下につく限りほとんどの仕事は脳死状態のルーチンワークだ。頭を使って仕事をする方法もあるのだろうけど、根本的な解決になっていない。

そりゃそうだ、私の手足が私の意思に反する動きをしたらそれを病気という。頭を使って考えることは求められても、実際に動くことは求められていない。

それどころか、社員の意欲向上の試作でやりたいようにやらせるというものがあるくらいだ。言い方を変えれば、この部分は好きにやっていいから、普段は言うこと聞けよ、と言っているわけだが。

もう、そんなに仕事が嫌ならやめればいいじゃん、ということなんだけど、やめられないわけだ。なぜなら私が無能だから。

一人で生きていけないからだ。会社を辞めて、生きていけるほどの力がない。恥ずかしながら、見せかけの職位を与えられ、力があると勝手に思い込んでいた。実際は分担された一部分を担っていただけで、全体がまったくみえていなかった。

今も当然みえていない。あたりまえだ、人生の半分、決められた仕事とお酒しかのんでこなかったのだから。

自分が何がしたいのかわからん。最近の、1番の悩み。

ああ、月曜は憂鬱だ。

コメント

タイトルとURLをコピーしました