私が社畜を選んだ理由。

仕事と愚痴

寒い。いや、本当に寒い。

聞くところによると私の地域ではマイナス温度らしい。そりゃそうだ、これだけ寒いんだから…。

この寒さはしばらく続くようだ。3月が待ち遠しい。暑いのもほとほとうんざりしていたが、寒いのもまたうんざりだ。

今年はまだ、私の地域では雪が降っていないが、これから降るのだろうか。雪が降ったら、会社にいけるだろうかと反射的に考えてしまう自分に、嫌気がさす。

外向きには大分社畜っぽくなくなってきていると思うが、内面は相変わらず社畜魂が所々残っている。

長い年月をかけて染み付いたものなので、これを落とすのもまた長い時間がかかるということか。

社畜は、要はお金の奴隷だ。

誰しもが社畜になんてなりたくないだろうが、お金が必要なのでならざるを得ない。だから、お金をもっと稼ごうとするのだけど、そうするとますます、はまっていく。

改善すべきは、その執着にあるというのに。

なぜお金が必要なのか。本当にそんなに必要?お酒やタバコはお金を使う。辞めたら、本当にお金を使わなくなる。

お金への執着は消すことはできないかもしれない。けど、小さくすることはできる。そこに、気付くべきだった。

酒も、タバコも辞めてよかったと心から思っている。それは、お金への執着を小さくし、自由になった。

最低限のお金があればよいのだから、いまの仕事が仮になくなったとしても、大きな問題にはならない。

勉強も趣味に近いものになってきている。これほどコスパの良い趣味は他にない。数千円で、参考書やらを一冊買えばそれで長い間事足りる。

インターネットでもよいのだけど、勉強は紙媒体のほうがやっぱりいいので、そこにはお金を使っている。ここは、ある種のこだわり、執着なのかもしれない。

月の生活の娯楽に数万円は絶対必要、なんて思っていた頃がなつかしい。酒とタバコに毎月数万、飲み会でさらに散財。

娯楽がないと人生の色がないなんて、消費活動にしか見いだせないことへの言い訳だった。そんなことを本気で思っていたのだから、本当に愚かだ。。

やり直せるなら、やり直したい…。

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