今日は25日。給料日である。給料日がとても嬉しいと思う、そんなときもあった。それが何度も何度も繰り返され、喜びもいつしかすり減っていく。もちろん、まったく嬉しくないというわけではない。
でも給料日まであと何日とカウントダウンしたり、妙にテンションが上がったりということは無くなった。むしろ、明日が休みだったりするほうがテンションは上がる。
定期的に給与が入ってくるのはとてもありがたいことだし、感謝すべきだ。もし、同じお金を金利で稼ごうとしたら、日本の銀行金利なんて最近上がったとはいえ、百万円預けても千円返ってくれば良いほうだ。数十万を定期でもらうためには銀行預金はいくら必要なのか。
30万円を定期でもらうためには、年間360万円として36億必要だ。無理である。それはさすがに無理だ。天地がひっくり返っても一般人がそんな大金をもつことは難しいだろう。
裏を返せば、年間36億円の価値が就職にはあるということになる。なんということだ…
まぁまったく働かないことを前提に考えているからね。皆が働かなくてもいいような国家設定をお上の方々がするわけないよね。
給料を毎月もらえて、本当にありがたいのだけど。最初の頃の喜びはどこへ行ったのやら。でもたぶんそれは、お金への依存度が減ったからなのかもしれない。
お金というのはずいぶんと不可思議なものだ。今の日本のお金は国の信用で成り立っている。不換紙幣なので、金との交換が保証されていたりと言うわけでもなく、ただ信用で成り立っている。
一万円の原価は20円くらいなんだそうだ。あとの9980円は信用である。もしなにか大きな出来事があったら、価値は変動する。信用度が下がれば、紙幣の価値は下がりインフレを起こす。
会社も信用紙幣を絶賛発行中だ。紙幣どころか引換券も発行していないので、原価0円信用100%の幻影紙幣である。ある程度信用がたまれば、昇給や昇進という配当実施中というおまけ付きだ。だが、信用がインフレすると、迂闊に昇給ができない分、何をしているかわからないような役職や部署ができたりする。場合によっては、積み重ねた信用預金はゴミとなる。
リストラされてこれだけ会社に尽くしてきたのにこんな仕打ちはあんまりだ、などという人たちが過去に大勢いた。会社に人生の大部分を投資していたが、会社が傾いて信用価値が下がったせいで個人の預信用残高とやらの価値が暴落し、過去積み上げてきた信用が紙くずになったということだ。大人の仕事の大半は高校生でも訓練すればすぐにできるという前提のもと、若人を残し、古株がきられる。
こんなことを何度もみてきた。だからお金や信用というものに、不信感を感じているのかもしれない。でも国がそうであるように、会社もそうだし、人間関係すらそうだったりする。
だが、国も会社も人間も悪くない。悪かったのは選択だ。私たちは投資先を選択できる。先人のように会社に投資してもいいし、最近流行りの株に投資してもいい。どんなやり方でも一定数の成功と失敗がある。
私にも銀行通帳の残高を見てにやにやしていた時期があったが、今私が思うのはお金はお金でしかないということだ。それ以上でもそれ以下でもない。
お金は自分の信用ではない、お金は手段だ。お金を持っているだけで、自分の信用度が上がるということもない。お金をもつ人に群がる虫は当人ではなく、もっているお金に群がっているだけだ。
結局、自己投資に勝る投資はないということかなぁ。
禁酒生活72日目。
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