台風の強風の中、傘をさして予想通りに吹っ飛ばされてびしょ濡れになっている中継の人。

日記

現在、日本を台風が直撃している。だが、私は仕事である。ただいま駅のホームで電車をまっている最中だ。傘をもっているが、台風の強風の中、傘をさしても吹き飛ぶだけだろう。被害が拡大するだけだ。
傘の強度を考えれば、むしろさしてもささなくても結果は同じであり、それならば傘をささずにそのまま歩くか待つかした方が得なのは誰しもがわかることなのだが、だれもが傘をさし、そしてずぶ濡れになる。

人には直近の損失回避を利益以上に優先してしまう傾向がある。これは株式や為替をやっている人ならよく知っているであろう損切りできない症候群、いやちがう。プロスペクト理論とか、損失回避の法則とか呼ばれるやつである。

傘をさすと99%近く壊れることがわかっている状況でも、自分だけはそうならないと思い込む。そして、傘をさし吹っ飛ばされ、びしょ濡れになり、壊れた傘を抱えて走る。きっと、目の前で傘を吹っ飛ばされてる人がいたとしても、多くの人は傘をさしてしまう。

直近のびしょ濡れを回避するために傘をさしてしまうのだ。たぶん大丈夫だろうと甘くみる。短い距離であれば、全力で走りきった方が濡れないだろうし、そもそも雨がひどいのなら待機が最優先だというのに。

仕事のうっぷんを回避するために、体を壊すくらいまで酒を飲んでいた私にも当然それは当てはまる。誰がみても、酒をやめるべきだと言う。だけど、当の本人にやめる気はない。それどころか、酒がないとダメだと言う。
直近の損失回避とは、現在においてより楽な方を優先してしまうと言う理由にも当てはまる。仕事という苦痛を過大評価し、体を壊すと言う未来の苦痛が過小評価されてしまっているのだ。

現実主義とかちょっとおかしい方向に言い訳していた時期もあった。本気で恥ずかしいので今後は改めたい。

お酒は現実主義ではない。今が楽しければいいと、今を楽しまなければならないは違う。前者は贅沢、後者は哲学である。お酒を飲んでも現実は変わらない。酒を飲むのは、現実逃避だ。

贅沢に溺れた人間の行く末など知れたものだ。だから本当はお酒なんて、食事と共に楽しむ一杯で十分なものなんだと思う。

禁酒生活64日目。

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