休みの日はよく図書館にいく。禁酒で空いた時間に読書の習慣をつけようと思い始めたのだが、今では毎週のように図書館にいくようになっている。
子供の絵本も借りれるので一石二鳥だ。絵本は購入しようとするとなかなか割高だったりするので、無料で借りれる市民サービスは地味に有りがたい。
いまはスマートフォンでも読書が出来るが、やっぱり本の方が落ち着く。図書館独特の匂いや、雰囲気なども相まって集中できる。お酒をバーでいただくと安い酒が値段以上にうまく感じるようなものか。
昔、コロナビールが200円でスーパーで売っているのを見たときはたまげたものだ。あれにレモンやライムがつくと500円である。付加価値とぼったくりは紙一重である。いやぼったくりは流石に失礼か。
しかし、酒に興味がなくなると、そんな感覚になる。酒に月数万、数十万使っていた頃が懐かしい。もうもどりたくはないが。
ある程度の値段以上になると、美味しいより珍しいで評価額が上がるようになるらしい。例えば、4000円くらいあればこの世で一番とは言えずともだれもが美味しいと思えるものは大抵食べれる。だが、それ以上になると、手間や雰囲気、食材の稀少さなどが付加価値として加味されるようになる。
よくよく考えれば当たり前の話だ。うまいものは売れる。それを簡単に作ろうとする。競合が現れ価格競争が起こる。安く作れるようになる。そして、消費者は安く良いものを手に入れることが出来る。つまり、松屋の朝定食のようなとんでもなくバランスのよい朝食を390円で、このご時世に、食べることができる。
競争主義の賜物か。
すなわち、現代において大抵の良いものは安く手に入るようになっている。で、うまいに関して言えば、そのコストのもっとも高い価格帯が大体4000円くらいなんだろう。逆に言えば、きっとそれ以上だとうまいだけでは売れないと思う。
そういえば食べ放題は3000円くらいで、上等なものだと5000円くらいだ。そしてよくさらに最上級の8000円コースたるものがあるが、これの中身をよく見てみると5000円コースと大差無いことが多い。これはそもそも、最上級のコースを選ぶ人が味以外の何かにその価値を見いだしているからだろう。
ちなみに肉屋の最上級肉と上級肉の区別の方法は、その日とれた良い一番良い肉が最上級、次点が上級なだけだったりする。つまり最上級カルビと上級カルビの統一された規格はない。つまり、その日の上級は、明日の最上級かもしれない。
また、平安時代の貴族は仕切りや手順を重視し、食材自体は保存食が大半であったのに対し、武士や農民たちは取れたての肉や野菜を食べていた。その為、貴族の食事よりそれらの食事の方が栄養価が高かった。その後平清盛や源頼朝ら武士達に主導権を握られてしまったのはそういうことも少しは関係しているのかもしれない。
いや、関係ないか笑
さて今日も松屋にいこう。
禁酒生活57日目。
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