退職するときに本当のことをいう人がいないのは、本人もよくわかっていないから。

その他、色々

今日からまた仕事が始まる。今回の連休はダラダラしていたので、なんだか休んだ気がしない。あんな休みを取るくらいなら、仕事をしていた方がいいのかもしれない。そういえば、そういう風に考えていたことがあったことを思い出した。

昔、会議で、有給消化率の話になったとき、従業員の一人が希望として、家に帰ってもやることがないから働きたいと言っていた。

当時は有給消化率をあげないといけないという社会の流れがあったので、そういう話ではないんだけどなと思ったが、なぜそんなことをいったのかを考えると、多少違った面が見えてくる。

彼がなぜそんなことをいったのか。彼が本当に言いたかったことはなにか。家に帰ってもやることがないこと?仕事がしたいということ?

認めてもらいたかったのではないか?と思う。なんでもいいから、認めてもらえるなにかがしたい。なんだか、そんな風に思う。

結局彼はその数ヵ月後に辞めてしまう。辞めてしまったときは、あんなにやる気があったのに?と驚いてしまったが、あの訴えの根源にあるものは承認欲求というやつなので、あれをそのまま聞き入れて、仕事をさせたとしても、同じように退職していただろう。

過去の私もそうだったけど、地位やらやりがいやらを仕事に必要以上に求める奴ってめんどくさい。

仕事しかないのだ。仕事以外になにもないと思うのは当人の考え方のせいなのに、仕事しかないと思うから、仕事に欲をぶつけようとする。当人に実力があればいい。でも、大抵の場合、実力があるわけじゃない。

多少なりとも広い視野があったら、『会社だけ』で承認欲求をみたそうとはしない。人の評価なんて秋の空なのだから、そんな宙ぶらりんなもので一喜一憂している暇があるなら、違うところに精をだしたほうがいい。

たがこれすらも、ひとつの考え方でしかなく、その他多数のそういうものが見えていない。だから、恋い焦がれる男の子のように、勝手に好意をもった女子にふられて不貞腐れて、この気持ちをどうすればいいと言って辞めていく。

幸福の追求は誰しもの権利だけども、幸福の拠り所を他人に求めてしまうのは、その権利を他人に委ねてしまっているのと同じなんじゃないかと思う。

とはいえ、他人に認めてもらえないと、幸せを自覚できない部分は捨てきれないのだけど。

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